進水記念絵葉書の移り変わり

  • 2021.05.04

進水記念絵葉書発行以前

1869年(明治2年)にオーストリア・ハンガリー帝国で官製葉書が誕生し、絵柄入りの官製葉書も間もなく生まれた。

その後、私製葉書が許可されたことにより1900年前後には一大絵葉書ブームが起きた。

進水式を写した絵葉書は1903年(明治36年)頃には存在しているが、記念品とかではなく街の土産品にあたるものかと思われる。

コモンウェルス(キング・エドワード7世級戦艦)
ヒンドゥスタン(キング・エドワード7世級戦艦)

同時に海外建造の日本艦もあり、「日進(旧:モノレ)」「香取」「鹿島」と存在している。

モレノ(ガリバルディ級装甲巡洋艦)
香取(香取型戦艦)
鹿島(香取型戦艦)

「香取」に関しては他にも10種以上と「ドレットノート」と匹敵する種類があり、その他にも多数の艦が存在することからこの1905年(明治38年)前後が海外の進水式絵葉書全盛期にあたると思われる。

日本の進水記念絵葉書の始まり

日本で最初に発行された進水記念絵葉書は三越呉服が配布したこの「香取」の絵葉書になる。

頒布期間は9月中旬からしばらくの間、宣伝用として顧客に配布された。図案は海外の絵葉書を参考にしたと思われる。

また、同時期に発行されたと思われる「浪速」進水式の絵葉書もあるが、これは記念品にはあたらず長崎や横須賀辺りの土産品の一種かと思われる。

浪速

明治期の進水記念絵葉書

絵葉書全体をデザイン画であしらい、窓枠に艦姿・天皇・軍関係者を入れる又はデザイン画のみの絵葉書を1~3枚1組が基本となってくる。

また横須賀は古くから絵葉書屋が多いことから、横須賀海軍工廠の建造艦は同写真のモノクロ絵葉書が各所より多々発行されている。

大正期の進水記念絵葉書

明治期と同じようなものの発行だが、2種だけ特殊な絵葉書が現れた。

同種2枚入り絵葉書

舞鶴海軍工廠・要港部工作部で進水した艦に見られた絵葉書セット。

大正9年の島風から大正11年の第5駆逐艦までの間に5種だけこの形式のみで発行されました。

即製写真ブロマイド

三菱長崎造船所で進水した艦によく見られる絵葉書。印刷品と比べ多く発行されなかったのか市場でほぼ見かけない。

最初は「薩摩」で登場したと思われるが通信面の形式が違い、資料の記録では「山城」となっている。

昭和期の進水記念絵葉書

明治、大正とデザイン画の窓枠に人物(進水時の天皇・軍関係者)が入っていることが多かったが、「妙高」を最後に無くなっている。

それ以降は全てをイラスト(艦名の由来など)で表現するようになり、実際の艦姿がわからないようなっていく。

パノラマ絵葉書

進水記念の中で2枚綴りのパノラマで発行されているものは、後にも先にも「漣」のみである。

吹雪型駆逐艦「漣」

最後の進水記念絵葉書

最後の進水記念は重巡として進水した「伊吹」と言われている。
絵葉書には艦名と進水日の表記はなく進水記念呉海軍工廠とだけ書かれている。

「大和」の風鎮(進水記念品)と違い配布されたものの通信面には葉書として使用できないと注意印が押されている。

注意印

「伊吹」進水記念絵葉書